HOME [HOME]  >  [神社記憶]  >  [甲信越地方]  >
メニューを表示する 表示用ページ


表門神社
うわとじんじゃ
[山梨旅行] 山梨県西八代郡市川三郷町上野字町屋2767  Zenrin Data Com Maps display !!


丸に沢瀉

式内社 甲斐國八代郡 表門神社
旧郷社

御祭神
天照大御神 倉稻魂命 瓊瓊杵尊

山梨県の市川三郷町にある。
身延線芦川駅の北200mほどの上野に鎮座。
3号線(甲府市川三郷線)の脇、小学校の隣りに境内。
境内入口の鳥居は、北西(3号線)向き。

赤い鳥居の脇には、
「市川文殊 表門神社」と刻まれた社号標。
鳥居をくぐり、参道を進むと小学校があるので
突き当たりで左折すると、神門前に広い場所がある。
普段は駐車場として利用されているような感じの広場。

赤い神門をくぐると、正面に神楽殿があり、奥に社殿。
大きな拝殿の後方に、流造の本殿が鎮座している。

社殿から左手にも参道があり、
3号線へ出る道に、背の低い春日型の鳥居がある。
鎌倉時代建立の石鳥居らしい。

参拝は、晩秋の午後。
広い境内は枯葉で茶のジュータン。
カサカサと音を立てての参拝は
心が落ち着いて良い感じ。
境内には、山梨特有の立石もある。

当社社号は、「表門」と書いて「うわと」と読む。

御崎神社とも呼ばれる神社。
社伝によると。孝霊天皇二年の創建。
永保元年(1081)、白河天皇御悩の時、
当社神主が召されて祈祷し、平癒したため
社頭末社にいたるまで修理造営が行われ、
神領地を賜り、文殊画像の御寄進を受け、
市川文殊とも呼ばれるようになった。

式内社・表門神社の論社の一つ。

昔は、現社地に里宮本社(当社)があり、
東800mの地に山宮が祀られていたが
現在、山宮はないらしい。

『式内社調査報告』に
山宮の存在が記されていたので、探してみた。

東の丘の上には、歌舞伎文化公園や農村広場などがあるが
それらしき神社は見当らず。
畑の中の道や、山道も歩いてみたが分からなかった。

畑で作業をしていた老人にうかがったところ
家族の話、行政の話などに話題が及び
結局、何も教えてもらえなかった。

仕方がないので、警察署に行って
付近の住宅地図を借り細かく調べてみたが見当らず。
警察の方にも聞いてみたところ、ご存知ではなかったが、
アチコチに電話していただき、
結局、今は存在しないことを調べていただいた。

僕自身の個人的な趣味で探しているので
いろいろと調べていただくことに申し訳ない気分。
このような親切に、感謝の気持ちでいっぱいになるのも
神社参拝の旅の良いところ。


参道入口の鳥居

境内

神門

神楽殿

神楽殿脇に立石

立石と境内社

境内

社殿

本殿

拝殿

境内社

境内社

鎌倉時代建立の春日型鳥居

三珠町指定文化財
表門神社本殿同神楽殿
所在地 三珠町上野二七六七番地
昭和四十四年四月十七日指定

 表門神社は、御崎神社あるいは市川文殊とも称され、延喜式内社で由緒ある 神社である。祭神は天照大神倉稲魂命瓊々杵命の三神である。

 〔本 殿〕
 「甲斐国志」には、永保年間(一〇八一〜四)を初めとして数回の造営記録 があるが、現在の建物は棟札によって元禄八年(一六九五)の建立であること がはっきりしている。
 本殿は三間社流造で、今は銅板で覆われているが当初は檜皮葺である。蟇股・ 脇障子・手狭等に獅子・鶴・鳳凰等の動物の彫刻が精巧に施されたうえ彩色が なされ、正面扉には金箔が貼られている。
 棟札には大工の名、石川久左衛門家久及び重良と記されており、下山大工の 作であることが知られる。
 文化十五年(一八一八)に屋根替が行なわれているが、他に大きな改変部分 はなく、当初の形態をよく残した江戸中期を代表する建造物である。

 〔神楽殿〕
 本殿と同じく元禄八年の造立である。この時に今も残る拝殿・隋神門・鳥居 も一緒に建てられており、境内の景観を一新したものと思われる。
 正面一間、側面一間、切妻造檜皮葺(現在銅版葺)のこの建物は木鼻の渦紋 や形態をみると本殿と同一であり、同時期の建物であることがはっきりわかる。
 毎年二月第一日曜日(以前は二月第一の酉の日)の例祭には、この神楽殿で 約九〇〇年前から受け継がれている。町指定文化財「太太神楽」が奉納される。

−境内案内板より−


表門神社石鳥居
所在地
所有者
県指定
西八代郡三珠町上野二七六七
表 門 神 社
昭和四十六年四月八日
 この鳥居は春日型と呼ばれ、全 体の構成は直線的で反りが少なく 笠木、島木の両端もほぼ垂直に切 られている。また太い柱は転びが 少なく双方とも中ほどで継ぎ足さ れている。
 鳥居の総高二、七四メートルに 対し、柱幅は真々で二、五七メー トルほどもあり後世のものにみら れない背の低い安定感に富んだ貴 重な遺構である。
 造られた時代は鎌倉時代と推定 されている。

−境内案内板より−



最終更新日:2013/10/09
【 表門神社 (市川三郷町)(印刷用ページ) 】

ボーダー




no index