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須義神社
すぎじんじゃ
兵庫県豊岡市出石町荒木字竹ヶ原273−1  Zenrin Data Com Maps display !!

式内社 但馬國出石郡 湏義神社
旧郷社

御祭神
由良度美神 配祀 誉田別神

兵庫県豊岡市にある。
出石町から八鹿町へ向かう2号線の北側、
426号線から西へ2Kmほどの出石町荒木に鎮座。
2号線と菅川が交差する場所の近くに、
参道入口があり、社号標と大きな木が目印。

参道入口を北へ進むと、鳥居が建ち、
さらに進むと階段。
階段を登ると、社殿のある境内がある。

社殿は、拝殿と本殿覆屋。
覆屋の中には流造の本殿があるが、
覆屋の下からのぞいても良く見えなかった。

境内の左手に、少し下る階段があるが
階段の下は、何も無い空き地。
以前は、何かの建物があったような雰囲気だが
詳細は不明。

社伝によると、応神天皇四十年の創祀。
一説に、神功皇后が熊襲征討のため
出石神社に戦勝祈願をした時。

式内社・須義神社に比定されている古社で、
『三代実録』に、貞観十年十二月二十一日に
正六位上から従五位下に昇進した「菅神」が当社。
吉野朝時代、当社付近を菅庄と称し、
八幡宮領となり、八幡神を併せ祀ったという。

菅川のそば、菅谷の菅庄に鎮座する神社で、
以前は、菅八幡宮と称し、
荒木の八幡さんと呼ばれている神社。

主祭神は、菅竈由良度美神。
八幡宮として誉田別神を配祀する。

『神名帳考證』には、多遲摩母呂須玖神とある。
多遲摩母呂須玖神は天日槍神の子。
菅竈由良度美神は、その多遲摩母呂須玖神の妹、
あるいは娘、
あるいは四世孫清日子の娘で神功皇后の外祖母
と考えられる神らしい。

他に、
『但馬國神社燈明記』では、須義毘古命。
『國司文書別記』では、須義命。
『但馬神社重寶記』では、須義芳男命ならび荒木帯刀部命。
『特撰神名蝶』では、習義朝臣の氏人が祖・饒速日命を祀ったとある。

社殿の左手に境内社が一つ。
『兵庫縣神社誌』には、境内社として稲荷神社の名前が載っている。


社号標と鳥居

社域

参道

境内

拝殿

本殿覆屋

本殿背後

境内社

境内の左隅


【 須義神社 (出石町)(印刷用ページ) 】

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