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大前神社
おおさきじんじゃ
新潟県南魚沼市大崎4042  Zenrin Data Com Maps display !!


三つ巴

式内社 越後國魚沼郡 大前神社
旧村社

御祭神
稲荷五神
宇迦之御魂命 佐田彦命 大宮能賣命 大己貴命 神功皇后

豊城入彦命 『神名帳考證』『特撰神名牒』
太田諸命速魂命三世孫) 『越後風土記節解』『神社覈録』
大山祇命 『越後野史』
天津彦火瓊々杵尊 『南魚沼郡史』
豊受比賣命 『神社明細帳』

南魚沼市(旧大和町)。八海山の西。
上越線五日町駅から5、6Km。浦佐駅からも同じくらい。
291号線の側、大崎トンネルの手前にある。
当社の側から、東へ延びる道があり、八海山大崎登山口になっている。

五月、桜の残る参道が、木々の茂る境内に続く。
階段上が広い境内になっており、
拝殿には、雪除けと思われる板が設置されている。

創祀年代には諸説あり、
和銅年中(708〜715)、弘仁年中(810〜824)、
大同二年六月巻機山より遷座など。

社伝によると、現在地の稲荷山を元社といい
西へ300mの社務所を里社と呼んだらしい。

享保十五年(1730)、伏見稲荷の分霊を勧請し、稲荷と称していた。
よって、祭神は稲荷五神となっている。
また、八海山の登山口にあり、修験道との関連も。

社殿裏に、細く長い階段があり、脇に石碑がある。
石碑には、「古峰大神 聖徳皇大神 水米宮大神」とあり、
階段上に石祠がある。なんだろう。


鳥居

参道

階段

上から

参道脇の石碑

庚申塔

境内

社殿

本殿

扁額

本殿

社殿裏の階段

石祠がある

石祠

 享保十五年(一七三○)、伏見稲荷神社の分霊を受け、稲 荷大明神を称した時期もあったが、寛政九年(一七九七)、 吉田家の宗源宣旨により、創始以来の大前神社に改称した という。(『南魚沼郡誌』)これは寛政九年二月の「四郡式 内神社連印」に署名したことをさしていると思われる。大 前神社の項に「魚沼郡大崎村正一位大前神社稲荷大明神神 主山田弾正藤原吉家(別本には□□典膳藤原吉豊とある)」が 署名しているが、当社のみ黒印がなく、貼紙があって、「正 一位大前神社神主実名雖為自筆、其村役儀始産子共へ尋糺 所ニ證跡依為不分明一列印形相省也」とあって、論杜間の 紛争ではなく修験化の色濃い当社内に於て判然しないもの があったことを思はせる。

−『式内社調査報告』−



【 大前神社 (新潟)(印刷用ページ) 】

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