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赤田神社
あかだじんじゃ
山口県山口市吉敷780  Zenrin Data Com Maps display !!

旧県社
周防四ノ宮

御祭神
大己貴命 少彦名命 猿田彦大神 柿本人麿

山口県山口市にある。
湯田温泉駅の北西4Kmの吉敷のはずれに鎮座。
9号線から435号線へ入り、しばらく走ると
道路の右手、吉敷川へ向かって大鳥居が見える。

大鳥居から少し下ると、吉敷川の手前に一之鳥居。
川に沿って北上する参道があり、境内がある。

参道の正面に社殿。拝殿の後方に本殿があり、
本殿の右手、吉敷川のそばに境内社恵美須神社がある。

社伝によると、
成務天皇九月九日(139)に、出雲国杵築大社から
大己貴命の御分霊を勧請。
当時は、現境内の南方3Kmの中村に鎮座していたといい、
今でも、古社地に、古四宮(ふるしのみや)として
当社の遥拝所があるようだ。

当社は、周防四ノ宮であり、通称は四ノ宮さん。
室町時代の明応六年(1497)、大内義興が当社に参拝したことが
『五社参詣の記』に記されている。

拝殿の天井には、吉敷出身の内藤鳳岳による龍の絵が描かれていた。
普通なら、拝殿に上がりこんで、寝転んで真下から撮影したいところだが、
社殿の横の空き地で、近所の方々がゲートボールを楽しんでいたので、
遠慮しながら撮影した。

境内社・恵美須神社は、西宮からの勧請だが、
当社境内に遷座した時に、近郷の神社も合祀されている。
合祀の神々は以下の通り。

恵美須神社(元恵美須河内鎮座)
蛭子命事代主命市杵島姫命
瀧神社(元木崎鎮座)
須佐之男命大己貴命少彦名命息長帯姫命
佐畑神社(元佐畑天神山鎮座)
伊弉那美命速玉之男命豫母都事解之男命菅原道真命倉稲魂神
天御中主神社(元中尾鎮座)
天御中主神
須賀神社(元中尾谷鎮座)
須佐之男命


吉敷川そばに境内

大鳥居

一之鳥居

参道

恵美須神社

境内

拝殿

本殿

拝殿天井の龍の絵

周防四宮   赤田神社
一、御祭神
大己貴命大国主命
少彦名命 猿田彦大神
柿本人麻呂
一、祭日
祈年祭(春祭り)
例祭(秋祭り)
新嘗祭
四月九日
十月第三日曜日
十一月下旬
一、由緒
 当社は、今から約一九〇〇年前、成務天皇九月九日(一三九) に、出雲国杵築の大社(現在の島根県の出雲大社)から大己貴命の 御分霊をお迎えして、ここから約三キロメートル南方の吉敷中村の 地にお祀りしたのが始まりといわれています。
 その後、養老元年(七一七)に神様のお告げによりこの地にお遷 しし、爾来約一三〇〇年間、吉敷地区の中尾、赤田、佐畑、中村、 木崎の里の氏神様として厚く信仰されてきました。
 また、防府の玉祖神社(一の宮)、徳地の出雲神社(二の宮)、 宮野の仁壁神社(三の宮)、大歳の朝田神社(五の宮)と共に周防 五社の一つに数えられ、その第四番目に当たることから「四の宮さ ま」の呼称で地区民をはじめ近郷の人々に親しまれてきました。
 現在の社殿は、江戸時代後期の建立で、拝殿の天井には内藤鳳岳 画伯作の竜が描かれています。また、社殿の彫刻は、吉敷出身の内 海忠勝元内務大臣の実兄吉田岩亀翁の作といわれています。この作 者二人は共に吉敷に大変かかわりが深く、私たち吉敷地区民のすば らしい財産でもあります。

−境内由緒書き−



【 赤田神社 (山口市)(印刷用ページ) 】

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