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白鳥神社
しらとりじんじゃ
富山県富山市寺町字向田122
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式内社 越中國婦負郡 白鳥神社 |
富山県富山市寺町にある。
西富山駅の南西500mほどの、県道沿い。
寺町公民館の横に鎮座。
北西1Kmには白鳥峰と呼ばれた城山(146m)。
背後には、旧神通川である古川が流れ、
今は、すっかり市街地なのだが、良い場所にある。
社名の「白鳥」の由来について、
社伝では、神使いの白鷹の生息地だったという。
『日本書紀』に、仲哀天皇即位の後、
白鳥となった、父(日本武尊)の霊を慕い、
諸国から白鳥を献上させた。
越国からは四羽が献上されたが、
その白鳥の地が当社であるとする説もある。
城山は、神保氏の居城跡。
当地の周囲には、他にも大峪城跡や、安田城跡など、
軍事設備が集中していた場所。
日本武尊を祀るには相応しい土地だろう。
鳥居 | 拝殿 |
拝殿 |
本殿 | 本殿 |
白鳥神社と寺町集落の由来
白鳥神社の祭神は日本武尊で社の名を昔か
らこの地に生息していた白い鷹を神の使いと
して敬っていたことから白鳥神社と称されて
来ました また呉羽山丘陵の最高峰の麓にこ
の神社があったことから社の名に肖つて山頂
の城を白鳥城と呼称されています白鳥神社の歴史と共に歩んで来たのは社の 後方南側の古川であります 旧神通川の廃川 で大正末期(一九二〇年)頃までは暴れ河で 現在は改修後の神通川に合流しています 寺町の由来は記述によると応仁二年(一二 九四年)頃に臨済宗本山東福寺(京都)の竺 山禅師がこの地に滞まり通称「万松山崇聖寺」を 創建して約三百年(一六〇〇年頃)栄えてい てその門前集落を寺町と称することになった と伝えられて来ました −社頭石碑− |
【 白鳥神社 (富山市寺町)(印刷用ページ) 】