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馬脊神社
ませじんじゃ
東宮 長野県上田市浦野字東の宮1020
西宮 長野県上田市浦野字西の宮672
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式外社 馬背神 三代実録 |
長野県上田市にある。
上田駅の西9Kmほどの浦野に鎮座。
千曲川を越えて143号線を西へ進み、浦野地区で北へ入る。
当社は東西に二社が存在し、二社合わせて馬脊神社と称する神社。
浦野の集落の中心部あたりに、当社の境外社である皇太神宮が鎮座。
皇太神宮から北東へ500mほどに当社東宮があり、
皇太神宮から北西へ500mほどに当社西宮がある。
東宮・西宮ともに集落から数百m離れており、
普段の参拝は、この皇太神宮で行われているのではないだろうか。
確認していないが、
東宮・西宮の里宮、遥拝所として機能しているのかもしれない。
浦野の背後の山々は子檀嶺(駒弓)山(1223m)へ連なっており
子檀嶺を馬とすれば、その背中部分にあたる場所にある。
当社社号の「馬脊」「馬背」は、
そんなところから名づけられたものかもしれない。
創祀年代は不詳。
社伝によると、景行天皇庚戌年、
日本武尊が日吉の像を勧請したという。
後、白雉元年(650)、建御名方富命を合祀。
浦野の産土神として崇敬された神社で、
「三代実録」に、貞観二年(860)二月五日従五位下、
貞観七年(865)三月二十三日には従四位下、
貞観九年(867)三月十一日には従三位を叙せられたとあるほどの古社。
明治六年五月郷社に列した。
集落内の末社・皇太神宮 |
皇太神宮本殿 | 皇太神宮社殿 |
皇太神宮のある道から一本北の道を東へ進むと
民家の間に東宮参道入口が、何気なくある。
入口に鳥居や社号標などが無いので、
勘をたよりに狭い山道に入って行くと、
少しのぼった場所に当社の鳥居が立っている。
鳥居をくぐり、さらに山道を上ると東宮境内。
境内奥の一段高い場所に、南向きに社殿があり
拝殿の後方に覆屋根が設置された流造の本殿。
境内にはいくつかの小祠が祀られている。
『明治神社誌料』には、東宮境内には
八坂、稲荷、浅間、今宮が祀られていると載っている。
東宮参道入口 | 東宮参道山道 |
参道途中に鳥居 |
東宮の鳥居 | 参道 |
東宮境内 |
東宮社殿 | 東宮本殿 |
皇太神宮のある道を西へ進むと、
民家の間に西宮参道入口があり、西宮鳥居が立っている。
鳥居をくぐり狭い坂道を進むと、社域の森が見えてくる。
地図で確認すると、西宮の位置は、ぴったり東宮の真西にある。
その森の中に入るとひんやりとした木陰の中の境内。
東宮は明るい境内だったが、西宮は暗い境内だ。
その境内の奥、一段高い場所に南向きの社殿があり
拝殿の後方に覆屋根が設置された流造の本殿。
境内には東宮よりも多くの石祠が祀られているのだが
『明治神社誌料』には、西宮の境内社は三峰社しか載っていない。
西宮参道入口 | 西宮鳥居 |
西宮神域 |
西宮社殿 | 西宮本殿 |
西宮境内 |