[HOME] > [神社記憶] > [甲信越地方] > |
|
健御名方富命彦神別神社
たけみなかたとみのみことひこわけのじんじゃ
長野県飯山市大字豊田字伊豆木原3681−1
|
||
式内社 信濃國水内郡 健御名方富命彦神別神社 名神大 |
長野県の北部、飯山市にある。
戸狩温泉スキー場の南、1.5Kmの地点。
東へ1.5Km行くと千曲川が流れる場所。
11月の参拝だが暖かく、スキー場にも雪はない。
古来、この周辺は「五束(ごそく)」と呼ばれ、
当社は、「五束の大宮」と呼ばれていた。
また、土地では、「お諏訪さん」とも呼ばれ、御柱祭も行われる。
当社の太々神楽の歴史は古く、九月の秋季大祭では、
猿田彦・天鈿女・恵比須・手力男の面をつけた一五曲の舞が奉納される。
創祀年代は不詳。
かつては大宮諏訪社とも称していたが
式内社・健御名方富命彦神別神社の論社。
であれば、主祭神は彦神別命であるはず。
彦神別命は諏訪神の御子神の長子とされている神。
境内社の若宮社本殿は、重要文化財だが、見ることはできなかった。
本社本殿もトタンの覆殿で見ることはできない。
雪の多い地方だから、これも仕方がないことだろう。
本殿後方に、「五束の伊勢社」がある。
江戸時代に、「お伊勢参り」が流行し、各地にできた伊勢講の名残。
伊勢講とは、伊勢参りのための資金調達・蓄積を目的に、
村などのグループで集まって結成され、代表者を伊勢参りにおくるもの。
参道階段を登ると、左右に木造の境内社。
本殿両脇には、御柱が立ち、石祠がある。
本殿後方には、五束の伊勢社と呼ばれる、石祠が並んでいる。
さらに後方の山上には鎮座石とよばれる巨石があるらしい。
社域 |
鳥居 | 鳥居 |
参道階段上の境内社、左は水戸社、右が重要文化財社殿のある若宮社 他の境内社は石祠でどれがどれかわからない。 因みに、春宮・秋宮・少彦名社など |
水戸社 | 若宮社 |
拝殿 | 本殿 |
社殿から参道 |
五束の伊勢社、石祠がズラッと並んでいる。面白い |
健御名方富命彦神別神社(大宮)旧県社 飯山市豊字伊豆木原 祭神 建御名方富命他六柱 例祭 九月二四日 本殿 流造 一四坪 境内 三四二八坪 末社 七社 宝物 薙鎌 鬼面 氏子 九三戸 崇敬者 四六五人 神事と芸能 御柱祭、太々神楽 由緒沿革 当地は往古湖水をなし、水内の海 と称した時、湖北の山林に鎮座したと伝えら れる。古来一に大宮諏訪神社の称あり、大宝 三年官幣に預り、貞観九年正二位に陞叙せら れたという。大同年中伊豆加の県主田村義仁 の祈願所で、後飯山城主代々の崇敬社であっ た。明治一三年県社に列す。 −『神社名鑑』− |
【 健御名方富命彦神別神社 (飯山)(印刷用ページ) 】