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若宮八幡神社
わかみやはちまんじんじゃ
長野県佐久市大字岩村田字宮ノ後1907
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長野県佐久市にある。
小海線・岩村田駅の南500mほど。道程では1Kmほどの場所に鎮座。
境内入口は道路に面して南向き。
境内に入ると木製の両部鳥居が立っており、
扁額には「郷社若宮八幡大神」とある。
鳥居をくぐり参道を進むと社殿。
瓦葺の拝殿には「奉幣殿」と書かれた扁額。
拝殿の後方には流造の立派な本殿があり、本殿の後方に御神木。
本殿の左手に、本殿と同規模の境内社が二つ。
向って右手には、祇園天王と天満天神宮を合わせ祀った境内社。
左手には、正八幡大神と神功皇后社を合わせ祀った境内社。
参拝は9月初旬の天気の良い朝。
朝なのに日射しが強くて撮影には苦労した。
境内は広く、社殿の後方は緑に覆われた公園のような雰囲気で
遊具などが置かれている。
創祀年代は不詳。
社伝では建仁二年(1202)、当地の領主大井朝光が源家であったことから
鎌倉の鶴岡八幡宮から勧請したという神社。
古来、岩村田の産土神であり岩村田藩の崇敬篤く、
応永二十年(1413)大井朝光の末裔である大井某奉納の
懸心額および古鈴が残っているらしい。
社領永二百八十文、同百二十文であったが、その後衰微し、
仙石秀久が領主の時に永高を配して、石高四石一斗六升同四斗四升に改められた。
明治六年郷社に列した。
『全国神社名鑑』によると当社の神紋は三つ巴紋。
参拝時に確認できなかったので、左三つ巴か右三つ巴かはわからない。
境内の左手奥に鳥居が立っており、いくつかの石碑が祀られている。
多くは何と刻まれているか判らなかったが、
庚申、麻利支天、御嶽山座王大権現などは確認できた。
社殿の周囲にも、いくつかの石祠や境内社が祀られているが詳細は不明。
『平成祭データ』には、正八幡社、八坂社、西宮社の名が載っているが
祇園天王が八坂社のことだろう。
『明治神社誌料』には他に、
現妙稲荷社、子神社、金刀比羅社、歯神社、三峯社、
稲荷社、織殿社、阿夫利社、市杵島社、厄除天満社、
疱瘡神社、摂津稲荷社、御鍬社の名が載っている。
社頭 |
鳥居 | 境内 |
奉幣殿 | 本殿 |
正八幡大神・神功皇后社、 祇園天王・天満天神宮と本殿 |
御嶽山社 | 境内社 |
境内社殿 |
境内左手の境内社 | いくつかの石碑 |