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郡頭神社
こおりづじんじゃ
高知県高知市鴨部264
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式内社 土佐國土佐郡 郡頭神社 |
高知市鴨部。
高知市街中心部、高知城から土佐電鉄に沿って走る556線を西へ、
鏡川橋で、川を越えたあたりで、もう少し南下した場所にある。
当社の背後300mに、鏡川が流れている。
道路脇に鳥居が立ち、参道を北へ進むと境内。
『式内社調査報告』にある写真では、背後に森があるが、
火災のためか、現在は、木々が少ない境内になっている。
社殿後方にも鳥居があり、裏口となっている。
上記の写真は、その裏口鳥居から社殿を見たもの。
土佐の狛犬は、概して小さいのだが、当社の狛犬もかわいい。
創祀年代は不詳。
式内社・郡頭神社に比定される古社。
「鴨部」は、賀茂氏の部民の居住地。
土佐の賀茂氏は、味鋤高彦根神(土佐神社・祭神)を崇敬しており、
当社祭神は、その父神である大國主神だ。
「郡頭」という社名に関して、幾つかの説がある。
・鏡川の河内(カワチ) -> コウツ -> コウヅ
・土佐郡は土佐國の、郡の始め、郡の頭
・土佐郡家の所在地
・鴨部の誤字
などなど、諸説ある。
社殿は、昭和の火災後再興された、コンクリート製だが、
南面する社殿が、朝日を受けて、美しいフォルムだった。
市街地にある神社らしく、境内は綺麗に整備・清掃され、
気持ちが良い。できればもう少し木々が欲しいところだが。
表参道入口 | 参道 |
境内入口 | 境内 |
社殿 |
拝殿 | 本殿 |
八幡宮・荒神宮 | 本殿 | 社殿扁額 |
○ 御 鎮 座 地 高知市鴨部二六四番地 ○ 御 社 名(こおりずじんじゃ) 郡頭神社(古保里都神社と訓じ…と「明細帳」にある)「こほりづ」と読む。 ○ 御 祭 神 大國主神 ○ 由 緒 延喜式第十〔神祗十〕神名 下(南海道 神)土佐國 廿一座の一つである。 「続日本紀」神護景雲二年十一戊子の条に 「土佐國土佐郡人神依田公名代等四十一人賜 姓賀茂。」とあり、「新撰姓氏録」に「鴨部 祝賀茂朝臣同祖大國主神後也」とあることか らも賀茂氏一族の当地に於ける繁栄と、大國 主神を奉斎し崇敬したことがうかがわれる。 延喜式内社であった当社は、明治五年郷社 に列し、昭和二十一年神社制度の変革により 神社本庁に所属し、仝年五月十七日宗教法人 となった。 昭和五十六年五月二十七日、御社殿及び社 務所が炎上したが、御神体間近まで燃え迫っ た炎は自然に消え御神体は御安泰であった。 更に、御神体に関する不思議な霊威はこれに とどまらず、社務所神殿に安置された御分霊 も、あます所なく焼け落ちた廃拠に無疵で御 安泰、仮殿に遷座すべく奉仕した神職共あまり の神威の高さに慄然とした。 昭和五十八年より一年有半を経過した工事 により、本殿、幣拝殿、社務所、神庫、境内 諸設備等を再建新設した。 −境内案内より抜粋− |
【 郡頭神社(印刷用ページ) 】