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櫛八玉神
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櫛八玉神
くしやたまのかみ

別名
櫛八玉比女命:くしやまたひめのみこと
……
  • 水戸神の孫。

  • 『古事記』に、大国主命が国を譲って遠くに隠れ控えるかわりに、天神御子の住むような住居を要求し 出雲国多芸志の小浜(杵築の地)に神殿(出雲大社)が造られ、水戸神の孫・櫛八玉神が膳夫(料理人)となった。
    櫛八玉は鵜に変身して海底の埴(粘土)をとり「天の八十平瓫」(平らな土器)を作り海藻を刈って 燧白・燧杵を作り、火を鑽り出して、大国主命に対して、火を使って調理した魚を献る詞章(火鑽りの詞)を述べた。

  • 燧臼・燧杵とは火を鑽る板と棒の象徴であり、 これをこすりあわせることにより作られた火で調理したものを神に献げた。
    出雲国造家では、国造の交代時に、火継式という儀式が行なわれ、 そこでは床下の御食焼所において、火切板を使って火を鑽り、食物を炊いたとされる。
    よって、『古事記』の詞章(火鑽りの詞)も、その儀式において唱えられた壽詞を採用したものだとする説がある。
    詞章には、「さわさわに控き依せ騰げて、打き竹の、とををとををに」という語がみられ、 出雲風土記風(意字郡)のヤツカミヅオミヅノの国引き神話中にある 「霜黒葛くるやくるやに、河船のもそろもそろに」という形容に相通じるものがあり、 これが、口で語られていたものであったことを髣髴させる。

  • なお、多芸志の小浜の神殿は、文脈上、オオクニヌシが造ったとする説がある。 これによれば、「火鑽りの詞」は大国主命が服従の意をあらわすために天神を饗応したことになる。

櫛八玉神 を祀る神社
(玄松子が参拝した神社のみ)

湊神社島根県出雲市大社町中荒木
志布比神社京都府京丹後市網野町浜詰大成829
御門主比古神社石川県七尾市鵜浦町11−20
賣布神社 境内 和田津見社島根県松江市和多見町81

【 櫛八玉神:玄松子の祭神記 】

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