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足次山神社
あすはやまじんじゃ
岡山県井原市井原町25  Zenrin Data Com Maps display !!


抱橿

式内社 備中國後月郡 足次山神社
旧郷社

御祭神
阿須波神 波比岐神 宗像三女神
誉田別神 息長帯比売神 他一柱

岡山県井原市にある。
井原鉄道・井原駅の北1Kmほどの井原町に鎮座。
昔の資料では、井原町倉掛とある場所。
486号線の小田川にかかる井原大橋の西詰を
少し北に入ると境内入口がある。

境内入口は東向き。
境内は東西に長い形状のようだ。

「足次山神社」と刻まれた扁額のある鳥居をくぐると
大きな狛犬があり、池を通って参道を進む。
境内に入ってすぐの場所、左手に誰かの胸像があった。

参道を進むと、境内の鳥居が建ち、その奥に社殿。
瓦葺入母屋造の拝殿の後方に、同じく瓦葺の本殿。
『全国神社名鑑』には本殿権現造と書かれており
拝殿と本殿が石の間で繋がった「エ」の字形になっているのだろう。

参拝は、年末の十二月三十日の朝。
年越しを控え、そろそろ迎春準備を始める頃。
まだ、角松などは無かったが、静かで穏やかな境内だった。

「足次山」と書いて「アスハヤマ」と読むが、
古来、「アシツキノヤマ」「アシキノヤマ」「アスキヤマ」とも読まれ、
一般には「アシツグサン」と呼ばれているらしい。

創祀年代は不詳。

社伝によると、神武天皇御東征のおり、
吉備国に八年間滞留し、当社を五穀豊穣の神として祀られたという。
また、一説には貞観元年(859)十二月の創建とも。

鎮座地は、倉垣の里とも呼ばれていたらしい。
式内社・足次山神社に比定される古社。

寛政年間には、井原市・後月郡の産土神として崇敬され
当時の庄屋や年寄全員の連判状が残っている。

また、足次の神は天神山にも鎮座しており、
「天神山村ヤシロ谷ト云フ所ニ御鎮座アリシ
足次ノ神ヲモ・・・合セ祭リシ」とあり
天神山の足次神を倉垣の足次山神社に合祀したとも伝えられる。

足次山の社号に関して、もとは鴫(シギ)村にあり、
後月(シヅキ)郡の名が起こり、足次山と変化したという。
あるいは、志理都紀斗売という女性の名が後月に転じたとも。

『全国神社名鑑』によると明治四年、
『式内社調査報告』によると明治五年、
『明治神社誌料』によると明治六年郷社に列した。

狛犬の台座に柏紋が刻まれ、全国神社名鑑にも
当社の神紋は、抱橿葉(抱柏)と記されていた。
神武天皇による創祀と伝えられることから
神武天皇を祀る奈良の橿原神宮の神紋に因んだのだろうか。

社殿の左手前に社日があり、地神碑と書かれていた。
本殿の左手に、他とは違う雰囲気の境内社が一つ。
『明治神社誌料』には、春日神社の名前だけが載っているが
これが春日社だろうか。

境内の右手にも幾つかの小祠が散在しており
『全国神社名鑑』には、末社十社とある。


境内入口の鳥居

参道

境内

拝殿

事代主神大国主神


御神木と社日(地神)

本殿左の境内社
春日社か?


本殿

境内右手の境内社

稲荷社などの小祠も


【 足次山神社 (井原市) 】

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