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壇鏡神社
だんぎょうじんじゃ
島根県隠岐郡隠岐の島町那久1617
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隠岐島島後、旧都万村、壇鏡滝にある。
市街地から林道をクネクネと登ると道路脇に鳥居がある。
壇鏡滝は、「名水百選」に選ばれた滝で、近くから鏡が出土し祀られた。
隠岐観光の一つの目玉。
創祀年代は不詳。
縁起書によると、光山寺第二代住職慶安が一夜の夢想によって
峻険なる山道を登ると、源来滝という滝があり
傍らの壇の上に一鏡を発見し、これを祀ったという。
社地が狭小であったため、
後世、源来滝の下流にある壇鏡滝の畔(現在地)に遷座。
光山寺は、隠岐に流された小野篁が滞在していた寺で、
小野篁は、赦免となって帰京できるよう
壇鏡の滝に打たれ、一心不乱祈願したと伝えられる。
明治四年、村社に列し、明治四十一年十二月、
峯津神社、日吉神社、三保神社を合祀して那久神社と改称。
昭和四十一年四月十八日、壇鏡神社の名に戻したという。
参道を進むと、まず、正面に雌滝が見える。
壇鏡神社を挟んで、左が雌滝、右が雄滝。
ただし、壇鏡神社の社殿は、平成11年に焼失し、今は仮殿があるだけ。
落差50mの雄滝は裏にまわれるが、当日は水量が少なく。迫力がない。残念。
参拝時に神紋を確認できなかったが、
『神国島根』には「逆二巴」と記されている。
「逆」の方向が左右どちらなのか分からないのだ。
道路脇の鳥居 | 参道入口 |
境内 | 境内 |
雌滝 |
境内の鳥居 | 神門 |
社殿焼失跡 | 仮殿 |
雄滝 | 雄滝の裏から境内 |
壇鏡の滝 都万村那久横尾山の下に松尾山光山寺(承和5年、もと 遣唐副使で嵯峨上皇の忌諱に触れ、隠岐に流された小野篁 の住みし所である。また、小野篁は、赦免となって帰京で きるよう壇鏡の滝に打たれ、一心不乱祈願したと伝えられ る。)という古い寺があるが、そこの二代目慶安という僧 侶が夢の告げを受けて、険しい横尾山中をさまよっている と、目前に大きな滝が二つ現れたと伝えられる。これがこ この壇鏡の滝である。 この滝の上を少し登ると、もう一つの源来の滝があり、 この滝の上に一個の神鏡を発見し、これを祀ったのが壇鏡 神社である。 ここの水は、環境庁の選定した「全国の名水百選」のひ とつであり、流域にはオオサンショウウオが生息している が、勝者(女神)の水、火難防止の水としても有名で、 七五〇年の歴史ある島の闘牛大会や、隠岐古典相撲大会に は出場する関係者は必ずこの水を大会前日(深夜)先を競 って迎え、清めて大会に望む慣習が今もなお続いている。 また、島民が山焼き等火入れの際には必ずこの水で清め 御守として利用するとともに、島内でも長寿者が多いとこ ろから長寿の水(万病に効く水)としても重宝がられてい る。 −境内説明− |
【 壇鏡神社 】